短編

□いつかのためのお話
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「あ、ゆきじゃん」
 そう声をかけられ、振り返った先にいたのは中学の頃の元同級生達だった。
 彼女達は、隣町まで高校に通っている私とは違い、地元の高校に通っている。
電車の中は、田舎ということと時間帯という理由で、ほとんど人がいなかった。
「久しぶりー」
 部活の帰りだろうか、ラケットバックを背負った彼女らの内のひとりが、こちらに手を振る。
 正直、三年生のときはクラスも違ったし、そちらに行こうか迷ったが、手を振られて無視するわけにもいかず、ぎこちなく手をふりかえしながら近寄っていった。

 そこで話したのは正直どうでもいいことだった。
 たとえば、そこにいた内の一人はバスケ部をやめてテニス部に入ったとか、もう三人も退学になった人がいるとか。
 会ったのはほぼ一年ぶりだったが、元々そんなに仲良くなかったため、話題もすぐに尽き、そこには沈黙がたむろした。

 5人の中には中学のころ、特に仲のよかった友人のまことがいた。
 休みの日に遊んだりもした子だ。
 だが、彼女は私を見ても大してはしゃぐわけでもなく他の子達と同様の、普通の反応である。
 中学の頃は、それこそ二人で脇目もふらずに好きな芸能人の話で盛り上がったりどうでもいい馬鹿なことをしたりなんかもしたのだが、高校に入って落ち着いたようだ。
 ……いや、単に私に興味がなくなっただけか。
 とにかく、そんな変化がどこか寂しく感じた。
 高校に入って、交友関係も変わったろうから、そういうことは当然か。

 降りる駅まではまだ10分ある。
 居心地が悪く感じ、シートに深く腰かけ、携帯電話をいじりはじめた。
「ゆき、そういえば、彼氏とか今いる?」
 携帯を見てか、すぐとなりに座っているセイナがそう聞いてきた。
 途端に周りの子たちの目の色が変わる。
 女子ってやっぱり噂話が好きなんだな、と思ってしまう。
 かくいう私は正直恋愛ごとには大した興味もなく、当然付き合ったことも告白されたこともない。
 それ以前に、中学の頃は半ばいじめを受けていたような状態で、今より何倍も性格が暗かった。
 まあ、私の人生なんてそんなものだ。

「そんな、いるわけないしょ」
 そう返せば、彼女らはどこか安堵したように、そっかー、と呟いており、それ以上の追及はしてこなかった。
 そもそも、聞いてきた彼女らだって、私に彼氏ができるとは思ってなかったんだろう。
 できていたら、危機感を持ちそうだ。

「セイナちゃんとかは今いるの?彼氏」
 そう聞けば、セイナはにこやかに頷いた。

 そういうことに疎かった私は知らなかったが、聞けば中学からの彼氏が今までずっと続いているそうだ。
 なるほど、幸せそうに話す。
「いいなあ……」
 思わず呟くと、セイナは驚いたように見開いた目でこっちを見た。
「彼氏、ほしいの?」
「そりゃあ、欲しいよ」
 セイナの質問にそう返す。
 嘘ではない。

「好きな人はいるの?」
 そう聞いてきた声はまことだった。
 ハスキーな、一瞬男にも聞こえるような声は変わっていない。
 前にとても仲の良かった子と話すのはなんだかやたらと緊張する。
 いや、なんだか気まずいという方が近い。どんな態度で接するべきかがわからない。
「いない、っていうかできないってかんじ」
「できれば欲しいの?」
「できればね」
 たったそれだけの会話なのに、異様に緊張した。

「まことはいないの?そういう、彼氏とか好きな人とか」
 周りの子たちは興味がなくなったのか、会話に加わってこなかった。
 そういえば、中学の頃はこんな話をしたことはなかったなあ。
「彼氏はいない。好きな人は、ずっといる」
「え、いるの? いつから?」
「中二」
 短く告げられた事実に小さく驚く。
 三年間も誰かを好きになり続けるなんて、さすがまことは一途だ。
「えーっと……告白は?」
「したいけど、……できないだろうなあ」
 まことがそう、くだけたように笑う。
 その顔が中学のころのまことと同じで、とても安心した。
 やっぱり、まことは変わらずまことだ。

「で、好きな人って誰?」
 私が聞くと、まことは曖昧に笑った。
「教えてほしい?」
「うん」
「──」
 まことが口を開いたと同時に、駅員のアナウンスが流れた。
どうやら、ちょうど駅に着いたようだ。
 まことを見るとなにやら曖昧に笑んでおり、好きな人の話はもう終わりのようだった。

 駅から出て、5人と別れる。
「じゃあね」
 まこともそう言う。
 中学のころと変わらないその挨拶に、なんて返そうか少し困ってしまった。
 ばいばい、というともう二度とあうことがなくなってしまうような気がして、なんだか苦しくなる。

「今度、遊ぼうね」
 できるだけ表情を崩さないようにしてなんとかそう言った。
 いつか、いつかまた会いたい。
 まことは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに頷いてくれた。
 いつか、がいつになるかなんてわからないけれど、また会いたい。
 その思いだけが心を占めていた。
 こんなに中学のころの人間関係に執着するなんておかしなことだけど、またあうときはきっと、こんな気持ちにならないでいられるようになってるだろう。
 その変化は私が望むことだが、なんとなく、その後の自分にはなりたくないようなそんな気がした。
 どうなるかなんてわからないけれど、いつかまた。

 帰り道、冬の冷たい風が優しく髪の毛を揺らす。
 中学生の女の子が二人、少し前を楽しそうにを走っていった。





 

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